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アーユルヴェーダ叢書

『美しく 豊かに 生きる』─アーユルヴェーダとともに歩んだ三〇年

  
豊かな国日木の落とし穴

 私は、20年前にインドに行き、最初の6年間は慣れない学生生活に多忙だったこともあり、一度も日本に帰らぬままに「インド時間」にどっぷり浸っていました。そして、いざ帰国。
  80年代初めといえば、日本はまだ経済的成長を遂げている最中で、街には物が溢れ、人々は、とにかく忙しそうに行き来している。それを見ただけでメ人酔いヤを起こしてしまったほどでした。
  以来日本の変化を、何千年の間変わらぬ価値観で生きるインドの人々の中に身を置きつつ見てきて思うことは、何もかも本来の日本人の生活からあまりにも急激に変化してしまったということです。その変化が望ましい方向へ向かっているのならば何の問題もないのですが、どうも人間本来の幸せからは遠ざかっているのではないかという危惧がしてならないのです。
  何度目かに日本に帰国したとき、ある女性から相談を受けたことがありました。彼女は看護婦さんで、病院の中でも最もストレスの多い手術室の担当。非番の日でもポケットベルが鳴ることはしょっちゅうで、自分の身体がどんなに疲れていても緊急の呼び出しを断れずにハードな生活を続けていたところ、まず不眠症になり、続いて自立神経失調症のような症状が出てきたのです。
  それで、病院で診断してもらうと鬱病と診断され、勤務する体力と気力を失い休職せざるをえなくなってしまったという相談で、鬱病と診断されたため、将来、元の仕事に復職できないのではないかと彼女は真剣に悩み、不眠と悪夢の連続ですっかり落ち込んでしまったのです。
  「そんなに落ち込むことはないですよ。西洋医学ではとりあえず診断のもとに薬を処方するのですから。原因に応じて対処することが大切で、あなたの場合は休養から始めれば必ず元に戻ります。今のあなたは心身ともにとても疲れています。身体内の組織に欠陥があるのではなく、働きが正常にできなくなっている状態なのです。その原因はオーバーワークですよ」
  また、そのときこんな話もしました。
  「アーユルヴェーダでは、病気を起こす原因は何ごとも過剰、過少、過誤行為によるものです。つまり身体を使いすぎたとき、心労、ストレスによる精神の過剰状態を生み、逆に運動不足は成人病、特に糖尿病などを誘発します。自分の体力、能力以上の無理をしたとき、適切でない行為など、過ぎた行動や生活により身体内のあるドーシャ(病因素)のバランスがくずれ、それが病気の原因になるのです」
  治療を始めて1ヵ月後、彼女は夢を見る回数も減り、戸外へ出る意欲もわくようになってきました。夜間に目覚めて不安に陥ることもなくなり、2ヵ月足らずで復職を果たしたのです。
  彼女には器質的な要因がない以上、身体の休息がすべての解決の鍵だといったのですが、現代医療では「あなたは胃潰瘍です」といった具合に、すべての症状に診断をつけるシステムが出来上がっています。ところが患者のほうは病名を聞かされた途端、すっかりその病気にハマり込んでしまうわけです。
  過労が原因でなった病気は、仕事を休みしばらく休養していれば自然に治癒力が働いて大抵快方に向かうものなんです。ところが、日本のような忙しい社会ではとてもそんな悠長なことはしていられないというので、どうしても過剰な医療行為に頼らざるを得なくなってしまいます。しかし、薬を飲みながら、生活のリズムや内容はそのままというのでは、根本的なストレスは解決できません。
  もし彼女が今の状態をこれ以上続けるのは無理と思った段階で職場に申し出ることができ、病院側も快くしばらくの休養を認めてくれていたら、最悪の症状が出てしまう前に食い止めることができたのにと、それが非常に残念でならない気がします。人間は身体だけでなく、精神を持った存在であること。このどちらかのバランスが崩れても病気にもなるという当たり前のことが、テンポの早い生活の中で忘れられているのが、今の日本の状況ではないでしょうか。
  もうひとつ日本に帰国するたびに奇異に思うのが、世界中の食物が街に溢れ、人々がそれを豊かさの象徴のように受け止めていることです。オーストラリアの牛肉だ、フランスのチーズだ、カリフォルニアのサクランボだと、ありとあらゆる輸入食品が並び、国産の野菜や果物、魚などでも、季節感がまったく感じられなくなってしまいました。
  私などは経済性を優先させるとこういう結果になるのかと冷めた目で見ていますが、問題はこうした食品を何の抵抗も感じないままに毎日食べている日本人の現状です。
  アトピーっ子が増え、花粉症という昔の日本にはなかった病気が出てきたということは、1番目の理由は自然環境と人間の関係に問題が生じ、身体のリズムが狂ってしまったこと、2番目は自分の住む土地でできる食物以外のものを食べるようになったこと。つまり身土不二とは逆の生活が行われているということです。
  夏のキュウリやトマトを冬に食べ、大根のような冬の野菜を夏に食べるということはその野菜の持つ作用(夏の食べ物はピッタ=熱を抑える働きをし、冬の食べ物はヴァータ=乾燥を抑える、など)をまったく無視しているわけで、身体が本来必要としているものを摂るかわりに不必要なものを入れてしまっているわけです。
  これでは身体のリズムが狂うのは当然で、身体はSOS信号のかわりにアトピーなどのさまざまな症状で訴えてきます。さあ、大変だと駆けつけた病院ではホルモン剤などの一時的に効く強い薬をもらい、今度は薬の副作用で身体が本来持っている力まで衰えていくという悪循環に陥ることになります。
  食物がいかに大事かという話は何度もしていますが、テレビで料理番組を見るたびに思うのが近代栄養学の抱える問題点です。たとえば食品に含まれる栄養素などは、実によく研究されていて、たとえばホウレンソウにはカルシウムが何ミリグラムとすぐ出てきます。しかし、同じ野菜でも季節以外に摂取したときに人間の身体にどのような変化が起こるのか、たとえば冬のホウレンソウを冷凍保存し、これを夏に食べたとき栄養価がどうなるのか。また、生体に与えるメカニズムの差異や体内組織の変化はどうなるのかなど、こうした研究は手つかずであり、すべてが平均判断。この点では栄養学も現代医療と同じような問題点を抱えているといえます。
  最近自然回帰とか、心の時代という言葉を耳にしますが、自然とともに生きるということはどういうことなのか、この辺りで真剣に考えなければならないと思うのです。私達は食物というかたちで環境を自分の身体の中に取り入れているのです。植物にしろ動物にしろ、各々自分なりの生活リズム、植物には花を咲かせ実をつける時期があり、動物には発情して子供を設ける繁殖期があります。
  人間だけがものを考え、創り出す力を持ったがために、実に多くの文明、科学を発達させ、暮らしは豊かになったかに見えますが、逆に人間の生命や健康が侵される面も出てきています。
  その上環境が破壊され、大気、水、土地の汚染、森林の伐採による地球上の緑の減少など、我々の住む地球が破壊され、とてもむずかしい状況に向かいつつあります。
  再び食べ物の話に戻りますが、自然は季節に合った野菜しか生み出しません。その野菜にこそ、その季節を人間や動物が生き抜くための必要な栄養素が含まれているのです。つまり自然が生み出すものには必ず意味があり、その意味も必ず自然の理にかなったものであるということです。
  日本人には日本人の身体に合った食物があり、長い歴史の中で継承されてきた料理法があるということ。健康であるためにはその原点をもう一度取り戻すことに尽きますし、健康は身体の問題だけではないことを、ぜひもう一度思い出していただきたいのです。食物には口から入るもの以外にも、感覚器官、運動器官の食物、精神の食物、魂の食物があることをお話ししましたが、肉体以外の食物にまで気配りできていないのが現代人に欠けている問題点です。
  心や魂というと「私、宗教はダメなの」と拒否反応を示す人が多いのは、実に残念なことです。アーユルヴェーダは「身心魂の医学」といわれるだけに、人間は肉体だけでできているのではないことを5千年も前に説いているのです。そして、身心魂を健康に維持するためにどのような方法があるかを、実に細かく書き記しています。
  私は長年、アーユルヴェーダの知恵の恩恵に浴することで、日本人ももっと質の高い健康を手に入れられるのにという思いを抱き続けており、帰国した折は講演会などを開き、アーユルヴェーダの考え方を少しでも知ってもらうよう努めてきました。
  しかし、もっと多くの方々に生命や健康の真の意味について考えてほしい、より質の高い生命とより質の高い健康を得、幸福で長寿の人生をみんなが送れるようにという思いから、アーユルヴェーダ医として本場インドでの20年間のさまざまな経験の中で感じ、考え学んできたことを、ここで一冊の本にまとめてみようと思った次第です。
アーユルヴェーダの賢医達、古代インドの人々からのメッセージとして……。


 
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