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スピリチュアル・シリーズ

『第三の眼の覚醒』

 
 現代は、探求心が、おそらく人類の歴史における他のどの時代にもまして強い時代だろう。そしてまた、霊性や超越性への志向が、否定的な意見が多くあるにもかかわらず、これまでになく明確にされた時代でもある。現在、多くの人々が観念の世界や真理のヴィジョンに対して徐々に敏感になりつつある。かつては、そのような感覚を持っていたのはごく一部の進歩的な人間だけであったが、しかし現在では多くの人間にそれは拡がっている。人間の霊魂はこれまで常に崇高な状態にあったが、しかし現在では、誰もがみな声を揃えてこう問い掛けている。「私たちが進むべき《道》はどれなのか?私たちはゴールに向かって一体どれだけ進んでいるのだろうか?」。

 本書は、真理を追い求める人間が培ってきた進化を簡潔な言葉で跡付け、この問いに答えを与えようとした、一つの試みである。本書は、外的世界の背後に潜む霊的な世界に入り込み、外的な形式の背後でそれらを息づかせている存在をえぐり出そうとしている。

 しかしこの問題は非常に漠然としており、それは次の三つの方法でしか論じることができないと言っても過言ではない。一つ目は、時代の叡智を包含した書物、それゆえごく少数の識者や選ばれた者にしか読まれえない書物を著す方法である。二つ目は、《永遠の叡智》の種々の側面のうち、いくつかにしぼって書き記し、そうしたテーマや真理の部分的な顕現に惹き付けられた者だけを対象とする方法である。三つ目は、(真理の歴史の中で最も重要なもの、及び基本的なものを選び出すことによって)平易な言葉でごく普通の人間を教化し、簡素な「架け橋となる」本を書き著す方法である。この方法を用いるならば、普通の知性を備えた人間でも、たとえ日常生活に煩わされていようと、これまで《神》の深奥から人間に注ぎ込まれてきた啓明【エンライトメント】をいくらかでも理解し、神聖な愛や霊魂の不滅に対する確信と信仰を勝ち得ることができる。しかし、私たちは、このことを、日々の生活や、経済状況の変動、慌ただしい世界情勢、そして巨大宗教の好戦的な神学が巻き起こす混乱のせいで忘れてしまっているのである。

 本書を読み進めるにつれ、著者が(今や目を覚まし秘教的な知識を求めている)路傍の人間に対して、過去の歴史を熱心に学んだ学徒には明らかな二つの道筋を見せようとしているように私には思えてきた。まず一つ目は《叡智の教え》の道筋で、それは時代を通じて常に神から導かれ、地上の人間に必要な光を投げかけている。それは外的には(現存していようと、消滅していようと)世界宗教という形式をとっているが、しかしこの道筋を常に目にすることができたのは、自己の魂を見出し、人間を生命の根源に戻す秘教的な真理や明晰な教理に目を見開いた人々だった。二つ目は、《最高者》から《伝達者》への道筋、つまり、《最高者》から無数の小さな《光の使者》、幾人かの偉大な《教師》、ごく少数の完成された《神の啓示者》(キリスト教における究極の《神の息子》)へと連なる道筋である。

 こうした二本の織り合わされた黄金の光の糸は――途切れたりほつれたりすることなく――人類の歴史を貫いている。それは人間の熱意と神聖な啓示の産物であり、人間の努力と神託の産物である。それは、ゴールへの道のりである。それは誰もがたどらなければならない《道【パス】》である。それは従わなければならない掟であり、私たちよりも先に同じ《道【パス】》を進んでいる先達を導いている。そしてそれは実践的な方法である。それは過去を認めることであり、地上の道を歩んできた高度に啓明された者にとっての規範である。それは多様な方法なのではなく、一つの《方法》の履歴である。

 現代においては、このような本、つまり誰もが読むことができ、誰もの興味を惹き、より綿密でより真摯な探求へと人々を導くような、秘教との架け橋となる本が求められているのである。本書にはすぐに役立つ方法があふれており、多くの人々の指針となるだろう。しかし、秘教的真理の分野は非常に広範で多様であり、初心者は眼前に広がる地平線のあまりの茫漠さと、習得を強いられる知識の多様さに思わず困惑してしまうだろう。神秘主義、オカルティズム、秘教心理学、占星術、数秘学、神智学、カバラ、薔薇十字主義、比較宗教学、シンボリズム、信仰間の論争といったものが、彼をとまどわせるのである。したがって私たちは、余分なものを削り、明確な輪郭と説明を持った明確な設計図を含んだ、平易で総合的な書物を必要としているのである。本書はそうした一冊であり、本書が一連の先駆けとなって成功を収め、幅広い分野に役立つことを私は心から望んでいる。

【序文】一九三七年 アリス・ベイリー

 完成を得るためには、人間は十二宮の下にそれぞれ一回ずつ転生して、それぞれの宮の担う教えを学ばなければならないと言われています。人によっては、一回にとどまらず何回も同じ教えを繰り返し学ぶことを強いられます。

 このことが非常に美しく表現されているのが、《ヘラクレスの十二功業》[訳注:ギリシア神話の英雄ヘラクレスが、アポロンの神託に従って行った、十二の仕事。]です。この物語は、占星学とシンボリズムに関する深遠な知識に基づいて書かれたもので、非常に深遠なオカルト的意味が込められています。

 十二宮のそれぞれは、その月の二十一日から翌月の二十一日頃までを支配します。

 各宮の感応力は、前後の宮にも多少作用するので、月の十五日から二十五日の間に生れた人間は、二つの宮から影響を受けることになります(ジャンクション前後の誕生)。この場合、その人間はしばしば複雑な性格を担うことになります。ことに、二十二日に生まれた場合はその傾向が顕著で、この日を誕生日とする人間には何らかの意味で傑出した人物が多く見られます。ワグナーやヴァン・ディック、バイロン、ベーコン、ジョージ・ワシントン、ヒトラー、コナン・ドイル、バーデン=パウエル、ファラデー、ライダー・ハガードらはみな二十二日生まれです。

 十二宮は人間の存在に関する十二の教え、つまり人間の完成に必要な十二の資質を表しています。こうした資質は必ずしも宮を経ることではなく、生を経ることによって、徐々に獲得されてゆくものだと言われています。また人間は生まれる宮を自分の意志によって選択できるのです。しかし、もしある特定の宮のもとで生きようとするならば、あるいはある一つの宮の教えを拒否しようとするならば、あなたは偏った性格の持ち主になってしまうでしょう。

 十二宮は牡羊座に属する春分の三月二十一日を一年の始点としています。なぜ牡羊座という名前があるかというと、雄羊は頭で冬枯れの切り株を突き押し、角でかき分けて、自分の家族の餌を得るために芽吹きはじめた草を取り出そうとするからです。つまり牡羊座ははじめに奔出する生命力、人生という旅路の出発点を象徴します。ですから、この星座に生れた人間には行動力があり、勇敢で情熱的である場合が多く見られます。また、牡羊座は頭部を司るため、牡羊座に生まれた人間、つまり三月二十一日から四月二十一日の間に生まれた人間は頭脳を酷使しますが、しかしそれが人生に役立てられようなことはあまりありません。また牡羊座は好戦的な惑星、火星によって支配されています。人生の初っ端から闘いに憑かれた牡羊座の人間は、頭の回転の速い生来の指導者であり、勇猛果敢な勇士です。しかし他人を助けることに夢中なあまり、状況を正しく判断できず、騙されてしまうこともしばしばあります。また、牡羊座の人間は悪を怖がらず、勇敢ですが、確固とした信仰や哲学を持っていないため脆弱な面もあります。牡羊座の人間はあまり脳を酷使せず、睡眠を充分にとった方がよいでしょう。ハンス・クリスチャンセン・アンデルセンは典型的な牡羊座です。

 生化学者の中には、人間の肉体に存在する十二の基礎的な塩基は十二宮によって支配されていると主張する者がいます。彼らによれば、化学元素が人間の活動に影響を与えるように、人間は自分の生まれた宮に属する塩基を使用します。したがって体内で最初に不足するのはこの塩基つまり「誕生塩」であり、病気のさまざまな症状は塩基の欠乏に起因する場合が多いのです。こうしたことを古代人は明らかにすべて知っていたのですが、彼らは塩基に神々の名をつけ、その役割を神話の中で寓意的に表現したので、最近に至るまで私たちは彼らの神話の真意を汲取ることができなかったのです。

(第5章占星学より)

 世界は無数の波動から成り立っていますが、その無数の波動は《創造者》の中にある《一つ》の根源的な波動に由来しています。

 古代の教えによれば、さらなる顕現を望み、その創造性を現代人の理解を超越した目的のために使用しようと目論んだ《一つ》の根源的で強大な《創造力》は、自己を(《言葉》の力によって)《三つ》に分割しました。こうして、生命活動の源となる大《三角形》が形成されました。

 父・母・子、プラス・マイナス・結合、水銀・硫黄・塩というように、《三角形》は至る所に見出されます。

 さて、まず私たちは、創造の過程において自己を《三つ》に分割した《一》という数字、つまり《創造者》について考えてみましょう。科学者は《極性》という概念によって《一》から《三》への展開を解釈しようとします。ショウペンハウエル[訳注:ドイツの観念論的な哲学者。一七八八〜一八六〇年。]は極性についてこう述べています。「《極性》とはすなわち一つの力を二つの相反する働きを持つ力に分割することであり、分割された力は再び融合しようとする性質を持つ。……《極性》は鉱物から人間に至るあらゆる自然現象の基盤である」。ヒンドゥー教ではこう言われています。「世界を産み出すブラフマンは男と女に分かたれ、名前と形、時間と空間になった」。

 ある解釈によれば、太陽系は、《創造者》すなわち《偉大な白い光》が《三つ》――赤、黄色、青(ハ、ホ、ト音に対応する三原色)の光に分割されることによって生成したと言われています。《三つ》に分割された後、次は《七つ》への分割が起こり、太陽系の七惑星に宿る《七大霊》が生じます。そしてこの《七大霊》からスペクトルの七光線が生じ、音楽の七音、物質の七界、七日からなる一週間、人間の七年周期性、肉体の七腺が生じます。――私たちが見てきた通り、自然界の膨大な波動は《七》から構成されるオクターヴを無限に築いてゆきます。

 《七》は人間が地球上に物質的に存在していることを示す数字なのです。しかし、人間は元来不完全で未熟な存在であり、七も最終的な数字というわけではありません。自然界と同じように、人類も不完全な状態からはじまって、完成された創造的な状態に向かい、《十二》という最後の数字に至るまで成長を続けてゆきます。

 《十二》という数字に至るためには、人間は、第五章で述べたように、黄道十二宮の秩序のもとで成長する必要があります。

 黄道十二宮は太陽を中心に円を描いていて、生命に関する十二の教えと属性を象徴しています。また、この《十二》という数字は、神話や歴史の中だけではなく、日常の生活においても重要な役割を果たしています。例えば、半日を十二時間に区切ったり、一年を十二ヶ月に区切ったりするのがそうです。また旧約時代を象徴するヤコブの十二人の息子や、新約時代を象徴する十二使徒も同じです。

(第11章 数の秘密より)

 
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