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いんど・いんどシリーズ

ヴェールを脱いだインド武術

  
 カラリパヤットはケーララ州に特有の武術で、北限は現在の行政区分ではカルナータカ州のトゥル語圏です。南限は現在タミル・ナードゥ州のカンニャクマリ(コモリン岬)までです。

 大きく北派と南派に分かれます。南派はかつてのトラワンコール王国で行なわれていたスタイルで、木造の宮殿が残っているパドマナーバあたりが中心地です。北派はコーチン王国や胡椒の積出し港で有名なカリカットで行なわれていたスタイルです。トリヴァンドラムは州都ですから、両方の道場があります。

 南北カラリパヤットには起源神話や技法、体系にかなりの差異があります。伝承する医学も北派がアーユルヴェーダと称しているのに対し、南派はシッダ医学を名のっています。が、だれでも一目でわかる違いは、道場のつくりです。

 北派の道場は、“クリ・カラリ”といって、地面を約1・8メートル掘り下げて床にし、椰子の葉っぱで屋根を葺いた半地下構造になっています。 南派の道場は、“ニーラ・カラリ”といって地べたを石や椰子の葉っぱのパネルなどの壁で囲ったもので、ときには屋根のないものもあります。「ウルルン滞在記」で紹介されたのは、この南派のほうです。“カラリ”も“パヤット”も、もともとは古代ドラヴィダ語に由来することばで、どちらも「道場」ですとか、そこで訓練される「武術」を意味していたらしいです。ですから、むかしは単に“カラリ”とか“パヤット”とかいっていました。

 “カラリ-パヤット”とふたつをくっつけて、ひとつの言葉を造語したのは、100年ほど前の劇作家です。ちなみにインドネシアの“プンチャクシラット”も、ジャワ語で「武術」を意味する“プンチャク”と、マレー語でやはり「武術」を意味する“シラット”をいっしょにして、インドネシアの独立後に造語された言葉です。

 『ダヌルヴェーダ』とは「弓の科学」の意。弓は、古くは洋の東西を問わず、合戦の場の表道具でした。ために、「弓の科学」で武術全般の謂いとなる。わが国でも、武術を「弓箭の道」といい、また武士のことを「弓取り」ともよびました。

 とまれ、武術は古代のバラモンたちにとっても研究に値する学問の対象であり、『ダヌルヴェーダ』は、

 アーユルヴェーダ(医学)

 ガーンダルワヴェーダ(歌舞学)

 スタパティヤヴェーダ(建築学)

とともに「ウパヴェーダ」、いわゆる「ヴェーダの科学」の一翼を担うことになるのです。

 ダヌルヴェーダ論典としてよく知られるものに、

『アグニ・プラーナ』の「ダヌルヴェーダ篇」

『ダヌルヴェーダ本集』

の二作品があります。いずれもシヴァ神の語る武術の要諦を、『マハーバーラタ』の編者であるヴィヤーサ仙が聞き取り、さらにそれを両論典の著者が編集した、という体裁をなしている。

より古いとされる前者の内容をざっと眺めてみると――。

 ■ 主題

『アグニ・プラーナ』の「ダヌルヴェーダ」は四つの章からなり、主題を列記することから始まる。

    戦士のための「五つの訓練部門」、すなわち、

    (1) 戦車術

    (2) 象術

    (3) 馬術

    (4) 歩兵(刀剣や薙刀)術

    (5) 素手の戦闘(拳法)術

    「五種の武器」を学ぶこと、すなわち、

    (1) 器械によって発射される武器(弓矢、投石器など)

    (2) 手で投擲される武器(投げ槍、円盤など)

    (3) 投げられるが、なお手にとどまる武器(投げ縄など)

    (4) 常に手にある武器(刀剣、短剣など)

    (5) 手そのもの(素手) (一章1〜5 節)

 これが教示されるのは、

    兵士としてダヌルヴェーダの技術と戦術を学び、

    訓練すべきバラモンかクシャトリヤのいずれかである。

    なぜなら、かれらは素姓のよき者であるからだ。

    いっぽう、シュードラも正規の訓練と稽古によって戦争の技術に熟練し、

    おおよそは修得することができる。

    それゆえ、かれら雑婚カーストの者たちも、

    やむを得ず徴兵されることがある。 (6〜8節)

 テキストの論述は、高貴な武器(弓と矢)に始まり、訓練と稽古に移っていく。そして、

    ――弓術における十とおりの基礎的な下半身の構え

    ――教師に敬意を表するときの特殊な姿勢 

の一々に名前ををつけながら)、

    ――いかにして構えをつくり、弦を引き、的に狙いをつけるべきか

を教示し、

    ――弓と矢の種類

を説明する。

 

 ■ 弓術の心得

 二章では、まず、バラモンによる武器の浄化儀礼を詳述し、それから弓の他の武器に対する優位と、弓術を修得することの難しさを述べる。 (一節)

 また、この章の最初の七節では、本書に盛られたたくさんの「偈」のうちのいくつかを前もってとりあげながらダヌルヴェーダの理想をほのめかし、武術修行者が達成すべき裡なる成就を述べる。

すなわち、弓術の心得とは――。

    (1) 第一に「腰の防御」と、「意識の集中」。

    (2)そして、えびらの矢を執る。「雑念を排除」し、弓に矢をつがえる。

    (3)「それらの手順に習熟」したのち、「意識を的に定着させ」て離つ。 

 と、弓術の精神的身体的な土台となる足構え(下半身の構え)から、拳構え(矢つがえ)、弓引き(打ち起こし)、発射(離れ)にいたる稽古の体系が明らかにされる。このとき、不可欠な要素となるのが、

     ――勁い精神集中

 である。これは、もちろん他の武術においても同様だ。

 とまれ、弓術の上達は、「心身一如」が前提となる。

    心身を一にして――。 

    矢を前後左右に離ち分ける。

    真上に離つ。

    馬上から離つ。

    はるか遠方に離つ。

    さらに回転しているもの、動いているもの、

    他のものに付着しているものめがけて離つ。 (二章13〜19節)

 ■ カルマ・ヨーガ

 弓士が獲得すべき能力を述べるこの章は、つぎの「偈」で要約される。

    これらの道のすべてと、[弓術と連携した]カルマ・ヨーガを学び、

    おのれの精神、目、意志をもってこの行為の道を歩む者は、

    死神(ヤマ)をすら征服するであろう。

「死神を征服する」とは「自我を陶冶する」こと。すなわち、戦闘において命を落とすこともわきまえて、すべての障碍(肉体、精神、感情)に打ち勝つことである。

 しかし、この第二章の「結偈」は、弓士の修練と獲得すべき能力について、完全に言い表わしているわけではない。第三章の最初の「偈」は、弓士の修練のさらに高い段階ついて述べる。

    身体、精神、意志の制御を修得し、実修の目標を成就する。

    [これを通して]汝は、その後、乗り物(馬、象、戦車)に騎しての実修を

    成就(シッディ)するであろう。

 三章の残りと四章のほとんどは、弓術の要約と、拳法、投げ縄、刀、甲冑、手裏剣、鎚矛、戦斧、円盤、三叉戟などの多種多様な武器の術と用法について頁を割いている。たとえば、

    投げ縄は一〇腕尺の長さがあり、両端は輪になっている。

    この武器の本体はロープからできている。

    投げ縄術には一一の型がある。投げ縄は常に右手で投げられる。

    刀は左腰に吊るすべきである。左手で鞘を握り、右手で抜刀する。

    刀術には三二の型がある。

 

 この文献の終わり近くにあるいくつかの「偈」は、戦略と軍象と兵士の多様な用法について説明している。

 そして最後に、よく訓練された戦士はいかにして戦場におもむくべきかを説く。

    (グルに与えられた)マントラによって、

    おのれの武器と三界に祝福されたこのシヴァ神のシャーストラを礼拝したのち、

    戦争におもむく者は、敵を征服し、世界を守護するであろう。      

 ダヌルヴェーダの実修のパラダイムは、次のように要約される。

    武術修行者は、高度に開発されたこの実修体系を通して、

    課せられた義務(ダルマ)である戦闘技術の獲得に成功する。

 

      ※

 おおよその内容はおわかりになったかと思いますが、

    兵士としてダヌルヴェーダの技術と戦術を学び、訓練されるのは、

    素姓よきバラモンかクシャトリヤのいずれかである。

  という一文から、ダヌルヴェーダ文献はだいいちに、軍事訓練のためのマニュアルであるということがうかがえる。ところで、

「バラモンって、お坊さんでしょう。武術なんてやるの?」

という疑問を呈する方もおいででしょう。有名な『マヌ法典』にも「バラモンは武器を持っていけない」とある。

 が、神話の戦うバラモン、パラシュラーマはいうにおよばず、『マハーバーラタ』の武術師範ドローナがバラモンであったことからもわかるように、古代のバラモンは戦士でもあったのです。

 じっさいの歴史としても、アレクサンドロス大王がインドに攻めいったとき、クシャトリヤ正規軍はいちはやく降伏したが、民間人のレジスタンスを組織してゲリラ戦で徹底抗戦し、最終的にアレクサンドロスを追っぱらったのはバラモンでした。

 そのため多くのバラモンが見境なくギリシア兵に殺され、屍体はトビやハゲワシに突つかせるため、路傍に晒された、とギリシア側の記録にあります。

 ともあれ、ヴェーダ(科学)を名のるだけあって、その説きかたは理路整然として合理的、数学的ですらである。

 そして、弓術の原理を敷衍して、他の武術に応用させてゆく。

 こんにちのスポーツ化したアーチェリーや弓道から、刀法や拳法を想像することは困難かもしれません。     しかし、ダヌルヴェーダのそれは、象や戦車、馬に乗り、あるいは徒で走りまわり、敵の攻撃をかわし ながら矢を射るダイナミックな戦場の弓術です。

 そこに記された足構えや歩法(フットワーク)と同じものは、たしかにカラリパヤットにも見ることができます(図2)。

 そして――。

    金剛拳(ヴァジュラムシュティ)

    これらの道のすべてと、[弓術と連携した]カルマ・ヨーガを学び、

    おのれの精神、目、意志をもってこの行為の道を歩む者は、

    死神(ヤマ)をすら征服するであろう。

という一文が、のちのインド武術にとって、ひじょうに重要になってくる。

 インドでは極度の精神集中が要求される弓術の修行は、ウパニシャッドの時代から、ヨーガと結びつけて考えられていました。たとえば『ムンダカ・ウパニシャッド』は、

    魂は矢、オームは弓、梵は矢の的、断じて射当てよ。

と、聖なるマントラ オームを弓に、アートマンを矢に、ブラフマンを的に喩えています。弓術は精神集中のシンボルであり、的はヨーガの究極の目標。それに向かって矢を離はなつことは、解脱を象徴する。サンスクリットでは「矢を射る」ことも「解脱する」ことも、同じメモークシャヤ の語であらわします。

 また『マハーバーラタ』に含められ、ヒンドゥー教のバイブルといわれる『バガヴァッド・ギーター』の第一章には、パーンダヴァの勇士アルジュナが、同族が殺しあわねばならない戦争の開始にあたって、ためらい、苦しみ、愛弓を手放す光景が描き出されている。このすがたは、ヨーガ行者が自己制御と集中をうしなったことを象徴的に表現するものです。

 そうして武術は、たんなる殺戮の技にあらず、自己の深化に焦点を当てた、

 ――身体祈願の法

 

となっていきました。この法は、弓を引くときのもっとも堅固な拳構えにちなみ、メヴァジュラムシュティヤ(金剛拳‥図3)と呼ばれています。

 

  古代はともかく現在のインドに鍼灸がないのなら、どのようにしてマルマ・チキツァーをするのか、ということです。

 基本的には、オイルを用いたマッサージです。

 現在“アビヤンガ”といって、ひろくアーユルヴェーダでおこなわれている2人がかりのマッサージも、“シローダーラ”つまり頭にオイルを垂らすのも、もともとはケーララのカラリで開発されたテクニックなのです。それが2、300年前に一般のアーユルヴェーダに採用されたといわれております。ほかにも鼻にオイルを入れるナスィヤや眼をギーで浸すネートラ・タルパナもやります。

 それとアビヤンガですが、インドで一般的に行なわれているアビヤンガはオイルを染み込ませるのが目的で、マルマンをいじらないのがふつうですが、カラリのアビヤンガはマルマ・アビヤンガといいまして、マルマンを刺激するわけです。

 それとマルマンへのマッサージにも独特なテクニックがあります。

 たとえば、アーニ・マルマンは、膝の中央から3指幅真上に位置します。このポイントは小腸と関係し、またこのスポットは、脚の後ろのちょうど反対側にも仮想点が置かれます。 

 そしてアーニ・マルマンから脚の側面を通って裏アーニ・マルマンにいたる線上を手で刺激すると(つまり前後のアーニ・マルマンを結ぶ線をアーニ・マルマンとともに)、このマルマンは励まされる。すなわちマルマンに働きかけるとは、マルマンの前、側面、背後と一周するエリアをやんわり刺激してやることであって、鍼みたいなものでシャープな刺激を与えたりはしないのです。なぜなら、マルマンとはもともと急所ですから、シャープな刺激を与えてはならない、と考えるわけです。ですから、臍や膀胱といった面積をもったマルマンは、ポイントとしてではなく、エリアのまま扱うのです。

それがよくあらわれているのが、“ダーラ”というテクニックです。

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