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カバラ・シリーズ 【カバラシリーズ第六巻】

カバラの仕事-その目的と方法-

 
カバラの仕事を成り立たせる根本は、すべての存在の源にあります。統合の仕事の本質とは、誕生して、天命を遂行し、源に帰るプロセス全体のことです。すべては、最も高次の名、〈私はある。私はあるという者だ〉(I AM THAT I AM)(訳注1)で始まります。その聖なる名は、ヤコブの梯子の最上位にある、王冠の中の王冠と見なされています。ヤコブの梯子とは、四つの世界が組み合わさり、最も高い純粋意識から、最も低い凝固した物質まで、すべての存在レベルを表わしたものです。
〈私はある。私はあるという者だ〉(I AM THAT I AM)という神性の名は、聖なる山で、燃える柴(訳注 とげのある低木)の前に、モーセが立っているときに発せられたものです。その名は、モーセの問い(出エジプト記3:13)に対する返答であり、イスラエルの子らが誰が彼を送ってきたのかと尋ねたときに、彼が言うべき名でした。その返答は、「エヒイェ・アシェル・エヒイェ」(EHYEH ASHER EHYEH)という名でした。そし
て、「〈私はある〉(I AM)が、私(モーセ)をあなたたち(イスラエルの子ら)に遣わした」(EHYEH shelachan : alaaychem)と言いなさい、と続きます。その返答は、よく知られた神性の名、ヤハウェ(YAHVEH)によるものです。ヤハウェという神性の名は、秘教の伝統の中で、〈聖なるお方〉(the Holy One)を思い出し、尊ぶための名称になりました。ただし、カバラでは、神性(界)が多様性を現わしはじめるとき、そのさまざ
まな性質を神性の名によって区別します。
最初の聖なる名(I AM THAT I AM)とその意味を熟考するなら、畏敬の念を抱くほどの深い意味が明かになります。その聖なる名は、「(過去にも)あった」、「(現在も)ある」、「(未来においても)あるだろう」ということを述べています。その名は、聖なる目的(または意図)を表明しつつ、存在のサイクルを明らかにしています。神が非存在から存在を呼び出すとき、王冠の中の王冠と見なされる〈私はある。私はあるとい
う者だ〉は、〈絶対の意志〉を正確に遂行し始めます。隠れていた神聖(Holiness)が、エヒイェ(EHYEH)ということばの中で、神性(Divinity)(訳注 神性界、神の属性、神の性質のこと)として現われます。カバラでは、それは、空所(void)という闇から出てくる光として象徴されています。そのプロセスは、そこで止まるわけではありません。
神性は、アシェル(ASHER)またはTHATの中に進んでいき、エヒイェ(EHYEH)またはI AMに分解していきます。神性は、秩序を保ちつつ、それ自身を拡大していき、映し出されたそれ自身を見るといわれています。それが、すべての存在のための計画です。顕現するものすべては、その最も聖なる名の中に含まれているのです。

そうしたことが、なぜ宇宙とそこに住むものたちが存在するのかという謎を解く鍵になります。高次世界の統一された状態と低次世界の多様な状態のあいだに存在するすべてのものが、偉大な実現に向かうプロセスの中にいます。大宇宙という鏡が、〈私はある〉(I AM)という名を完全に意識されたイメージとして、神性という源に映し出すとき、そのプロセスは終了するでしょう。その瞬間は、すべての存在が自己実現の
能力を発揮するときに起こります。それは、偉大なるシュミター(またはシェミター)、つまり宇宙的サイクルが完了するときです。そのサイクルの中で、すべての創造物は、経験を通して、神性を知るように進化していくのです。
伝統によると、それぞれの存在は、存在界の中に入っていくときと出ていくとき、〈私はある。私はあるという者だ〉と叫ぶといわれています。その二つの一瞬の自己実現のあいだに、天命の長い輪(ループ)が横たわっています。ある存在たちは、意識的に自らを突き動かし、神性と完全に統合され天命のループを短縮します。それによって、彼らに課せられた特別な任務が免除されるわけではありません。その任務のために、彼らは、呼び出され、創造され、形成され、作られるからです。統合の仕事を実際に援助するために、彼らは、義務を負い、準備を整えなければならないのです。霊的伝統は、そうした人たちを手助けするためにつくられています。私たちが、自然の諸力を打ち負かし、致命的なパターンを乗りこえ、誘惑者たちの企てを避け、天使たちのあいだを通り抜け、ヤコブの梯子を上昇するのは容易なことではないからです。
カバラとは、霊的進化に関わる多くの伝統の一つであり、その体系や方法は、人が意識的に〈光〉に戻り、〈聖なるお方〉に奉仕するためにつくられています。ただし、それを望む人たちは、まず試練を受けなければなりません。そうでないと、高次世界に接近することは許可されません。統合の仕事に適しているのか、その人たちを見分ける必要があるからです。下位世界の試練を避けて、ヤコブの梯子を上昇したがる人
たちがたくさんいます。魔力と権力のために、高次の知識の道を求める人たちが少なからずいるのです。
物質界に下降してから、〈光〉へ戻っていく転換点が重要な段階です。その段階は、受け取ってきたものを下位世界の人々に分け与える、第二の下降が始まるときでもあります。すべてそうしたことは、最終的に私たちが最も高次の名に直接関わり、地上の人生でその名の音響に共鳴するまで、霊的教師たちの思慮深い監督を必要とします。
その作業が完成すると、〈私はある。私はあるという者だ〉は、個人という小宇宙に完全に顕現するようになります。意識的に〈源〉に帰って、神のイメージを映し出すことは、神が神を見る目的を完成させることであり、最終的な第四の旅を始めることでもあります。しかし、その最終的段階に到達するには、たくさんのことが必要です。
この霊的伝統では、肉体と魂、霊、神性という四つの旅の背景と存在界の理論を修得する訓練から、最初の上昇は始まります(仕事の根源より)。


 
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