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トランス・ヒマラヤ密教叢書

『神智学大要』第二巻アストラル体(上)

 
第三章 色彩 

アストラル体の色彩

 霊眼で見ると、アストラル体の基本的特徴のひとつは、その中で絶えず色彩が映っていることで、これらの色彩は、アストラル質料がさまざまな感情や情緒に感応してそれを表現している相【すがた】である。

 自然界にある幾つもの高い界層には、これまでに知られている色や、今までのところまだ知られていない多くの色が実は存在している。これらの界層を一段一段昇っていくにつれてその色彩はいよいよ微妙となりかつ光を増す。したがってこの種の色を高階梯【オクターブ】の色といってもよいだろう。しかしこの色相の楷梯を物質的に紙上で描写することは不可能なので、この事実を心に留めたうえで、アストラル体の色彩についてこれから考究していくことにしたい。

 アストラル体に現れるさまざまの色彩のうち、その主なものと、その意味する感情を一覧表にすると次の通りである。

黒(厚い雲状の場合)─憎悪と害心。

赤(普通、黒の背景に濃赤色の閃光)─怒り。

緋色(薄紅色)の雲─興奮。

輝く緋色(普通のオーラを背景とする)─高尚な怒り。

毒々しい、血のような赤─(説明はしにくいがまぎれもない)好色。

褐灰色(鈍【にぶ】いがはっきりしている)─利己主義(アストラル体の最も普通の色のひとつ)。

緑灰色(濃赤色または濃緋色の閃光が光る)─嫉妬【しっと】。普通の人の場合、いわゆる「恋している」とこの色が多い。

灰色(どんよりした、鉛色)─意気消沈、憂鬱。貪欲【どんよく】を表す赤褐色のように、幾つもの平行線が並ぶと籠【かご】のような印象を与える。

土色がかった緑(ゾッとする驚愕の色)─恐怖。

深紅色(鈍くどんよりしている)─利己的愛。

薔薇【ばら】色─非利己的愛。滅多には見られないほど明るく、藤紫色が混じっている時は、霊的な人類愛。

橙色【オレンジ】─自尊心【プライド】または大望。短気を伴う場合がある。

黄色─知性。濃く鈍い色から、輝く金色【こんじき】をへて、明澄に光るレモン色またはサクラ草色に至る。

鈍い黄土色【イエロー・オーカー】─才能が利己的目的を志向している。

山梔子【くちなし】色─明らかに高級な型。

黄桜草色【プリムローズ・イエロー】─霊的目的に献げられた知性。

黄金色─哲学または数学に用いられた知性。

緑色─一般的には、その意味に従って大きな開きがあり、正確な解釈をする研究が必要である。たいていは融通性を示す。

灰緑色(見るからにいやらしい)─詐欺と狡猾【こうかつ】。

エメラルド・グリーン─非利己的に用いた融通性、器用、機智縦横。

透明に光る薄い青緑色─深い同情と慈愛、およびこの両者のみが発揮しうる融通性。

明るい淡黄色─強いヴァイタリティー(活力)が常に伴うようである。

青色(濃く、澄明な色)─宗教的感情。心の在り方によって色が移りやすい。ゆえに藍色または豊かな濃菫色より泥じみた灰青色に至るまでさまざまに変化する。

明青色(紺青色【ウルトラマリン】または濃青色【コバルト・ブルー】のような色)─−高尚な霊的理想への献身。菫【すみれ】色が混じると愛情と献身とが混じっていることを示す。

光る藤紫青【ライラック・ブルー】(普通閃光を放つ幾つもの黄金色の星〔複数〕を伴う)─高尚な霊的大望を伴う、より高度の霊性。

超菫色【ウルトラ・ヴァイオレット】─心霊能力のより高級かつ純粋な発達。

超赤色【ウルトラ・レッド】─邪悪な、利己的な種類の魔術に首をつっこんだ人の低級な心霊能力。

 喜悦【よろこび】の場合は、精神【メンタル】体(訳註1)とアストラル体との両方が全体的に光り輝いて明るくなり、かつまた、体表に特殊な漣【さざなみ】が現れる。愉快な場合は、右の様子が泡立つ形となり、かつ、一様に穏やかである。

 驚愕【おどろき】は、精神体の激しい収縮となり、それがアストラル体と肉体にも伝わる。嬉しい驚きであれば愛情を現わす光の帯が増え、不快な驚きであれば、褐色と灰色が増す。収縮はしばしば不愉快な感情を引き起こして、時には太陽神経叢に影響を与え、憂鬱症や病気になったり、また時には心臓中枢に影響して心悸亢進、最悪の場合死を招くこともある。

 人間の感情がこもごもに錯綜【さくそう】せずにいることが滅多にないように、前記の色彩も完全に純粋であることはほとんどなく、混ざっている方の多いことが理解される。このようにして、多くの純粋な色が、たとえば、利己主義のきつい褐灰色で曇ったり、高慢の濃いオレンジ色を帯びたりする。これらの色の持つ意味を十分に読み取るのにあたっては、他の点も考慮に入れる必要がある。それは、アストラル体全体としての輝度、輪郭が比較的はっきりしているか否か、力の種々の中枢【チャクラ】(第五章参照)が比較的明るいかどうか、である。

 知性の黄色、愛情の薔薇色、献身の青色などは常にアストラル体の上部に現われる。利己主義、貪欲、欺慢、憎悪はその下部に現われる。色情は普通両者の中間に浮かんでいる。

 そのために、未発達の人間では、卵形をしているアストラル体は下部が上部より大きい傾向があり、したがって彼らのアストラル体は天辺が小さくなった卵状を呈する。もっと発達した人の場合はその逆で、下の方が小さい。もっともこの卵状は次第に均衡を取り戻すのが常なので、前述の外観もほんの一時的なものにとどまる。

 色として現われる心情【おもい】はそれぞれ特定の型のアストラル質料を持つもので、これらの色が占める平均的な位置はそれぞれの濃度の質料の特定の重力によって決まる。一般的な原則としては、悪の、あるいは利己的な、心情は比較的小さい波動を持った粗雑な質料に現われ、善の、あるいは利他的な、心情はより精妙な質料によって現わされる。そのため、われわれにとって幸せなことには、善い感情は悪い感情より永く続き、強烈な愛や献身の感情効果は、それを惹【ひ】き起こした事情が忘れられた後もアストラル体の中に残る。一方、これは異常ではあるが、波動率を異にする二つの波動、たとえば愛と怒りが同時にアストラル体の中で強く継続する場合もありうる。その残存効果は並行して続くが、レヴェルの非常に高い方が長く残るものである。

 高級な、利他的愛情と献身とはアストラル界層の最高の(原子【アトミック】)亜層に属し、それはまた同時に精神【メンタル】界層のうちのそれに対応する質料に反映する。こうしてそれは低位精神体ではなく原因【コーザル】体(高位精神体)(訳註2)に接触する。このことは学徒が特に注意すべき重要な点である。高位精神界層に住している高我【エゴ】(魂)は、したがって、利他的な想念にだけ感応する。低級な想念は高我ではなく恒久原子(本書第二十五章参照)にだけ影響する。したがってコーザル体には邪悪な色彩は現われず、低級な感情や想念に対応する空隙【ギャップ】が生ずることになる。たとえば、利己心は愛情や同情の欠除として現われ、その反対の心情が利己心にとってかわると、空隙は埋まることになる。

 アストラル体の卑しい感情を現わす粗雑な色彩が強くなると、コーザル体には直接現われないが、それでもコーザル体にある美徳をいくらか曇らせる傾向になる。

 コーザル体の構成粒子は絶え間なく急速に動いており、大多数の事例によると、色彩の雲が幾つも融け合い、ころがり合い、ころがり合いながら現われたり消えたりして、光を放っているその表面は烈しく沸騰している湯の表面によく似ている。コーザル体の相【すがた】をよく知るにはこの辺の事情を心に留めておかなければならない。ゆえにこれらの色彩が同じ場所にじっととどまることは決してない。しかし大体の場所というものはあって、そこに戻る傾向はある。

 アストラル体の相

 なお、アストラル体の相【すがた】の詳細については、C・W・リードビーター司教(訳註4)の著書、『目に見える人間と目に見えない人間』、特に左記を参照されるとよい。

 第七図 未発達の人間のアストラル体

 第八図 平均的人間のアストラル体

 第九図 発達した人間のアストラル体

 同書(一九二〇年版)に挙げてある三つの型の主な特徴を簡単に要約すれば、次<

の通りとなろう。

 未開人型─きわめて大きな部分が色欲を現わす。狡猾、利己主義、貪欲が顕著。鈍【にぶ】い緋【ひ】色の染みや汚点は激怒を意味する。あるかなきかの程度の愛が現われる。知性と宗教感情はあるにはあっても、最低のそれらしい種類のもの。輪郭は不規則で、色彩はくすみ、どんよりとして重苦しい。全体が見るからに不規則、混乱して統制がない。

 普通人型─色欲はまだ目立つが、前記の型よりはずっと少ない。利己主義もまた目立ち、緑色がはっきりと二種類に分かれ出し、狡さが次第に融通性に変わりつつあることを示してはいるが、自己のためには狡猾になるところが若干ある。怒りがまだ見える。愛と知性と献身とが前の型より著しくなり、その内容も一層高度である。色は全体として一層明瞭となり、明るさもはっきりと増している。ただし、色はひとつひとつ取り上げるとまだ完全というほどの明瞭さではない。アストラル体の輪郭はさらにはっきりとなり、均整がとれている。

 発達した人─望ましからざる性質の心情はほとんど全面的に消えている。アストラル体の天辺をひとすじの薄紫色が横切っていて、これは霊的願望を示す。頭部の上方とその周りには知性を現わす明るい黄色の雲がある。その下には献身を現わす青色の幅広い帯【ベルト】がある。胴部には愛情を現わす薔薇色のもっと幅の広い帯が通っている。アストラル体の下部には融通性と同情とを示す緑色が大量にある。それらの色は非常にはっきしていて、アストラル体全体が秩序正しく、完全に統制がとれている印象を与える。

 本書では精神【メンタル】体を扱ってはいないのであるが、人間が発達するにつれて、アストラル界層の粗雑な質料にメンタル体が反映しているというだけのものではなくなり、彼のアストラル体はますますメンタル体に似てくる、ということは言っておかなければならない。これはもちろんその人が自分の欲望を完全に精神の統制下におき、もはや感情の波に押し流される傾向を超越したことを示す。そのような人は、時にはついかっとなることもなく、種々様々な望ましからざる渇望に隷従することもなく、そのような低級な心情を抑圧【コントロール】し、それに屈しない方法をよく知っている。

 さらに高度な発達段階になると、精神【メンタル】体それ自身がコーザル体の写しになる。それはこの段階になると人間はより高き自我より発する衝動のみに従うこと、そしてひたすらにその衝動によって自分の理性を導くこと、を学んでいるからである。

 こうしてアルハット〔大師の位のすぐ下の第四イニシエイションを受けた高士〕の精神【メンタル】体とアストラル体にはそれぞれの固有の色彩というものはほとんどなくなり、この両体の色域【オクターヴ】が表現しうる限りそのアストラル体はコーザル体の写しとなる。両体は一種の乳白色の、真珠貝のような美麗な色を呈し、その様【さま】は筆舌のおよぶところではない。

 発達した人のアストラル体の波動は五種類だけしかなく、普通の人の場合は少なくとも九種類あって、そのうえいろいろな度合いのものが混じっている。多くの人々には五〇種類から一〇〇種類もあり、そのため表面全体は破れて幾つもの小さな渦巻と逆流とになり、それが全部お互いにせめぎ合い狂気のような混乱を呈している。それというのも不必要な感情や心配のためであって、西欧の普通人のアストラル体が全くこのような塊である。そのため彼は自分の力を知らず知らずのうちに浪費しているのである。

 一度に五〇通りもの振動をするアストラル体は醜いばかりでなく、非常に厄介なものとなる。たとえてみれば、それはちょうど重病の中風で、筋肉という筋肉がみな思い思いの方向に同時にそして勝手に動くようなものである。しかもそのようなアストラル的効果は伝染するもので、そういう人に易感性の強い人が近づこうものならすぐに影響を受け、苦痛なまでの不安感と心配感とが乗り移ってしまう。大都市に居住したり、人混みの中を移動したりすることが易感受性の強い人にとって苦痛なのは、何百万という人々があらゆる種類の愚かしい欲望や感情とで興奮しており、それに感応してしまうからである。このアストラル体の動乱が永く続くとエーテル複体をへて肉体に反動を引き起こし、いろいろな神経痛をきたす。アストラル体内にある炎症の中心(複数)とアストラル体の関係は腫瘍と肉体との関係のようなもので、ひどく不快であるばかりか、活力が洩れていく欠陥箇所でもある。それはまた、いろいろな悪影響に対して事実上全く無抵抗であるばかりか、良い影響を受けて受益するのを妨げる。痛ましいことにはこれが一般的な実状なのである。それを癒【いや】すには心配、恐怖、懊悩【おうのう】をなくすことである。密教を学ぶ者は、どんな状況下におかれても、何らかの影響を受けるような個人的感情を持ってはならないのである。

 白または比較的無色のオーラを持つのは年少の子供だけで、色がつき始めるのは心情がようやく発達しだしてからである。子供のアストラル体は見るからに美しい場合が多い−それは色において純粋で明るく、色欲、貪欲、悪意、利己主義の染みがない。

 後光すなわち、聖人の頭部の周りにある黄金の栄光という考え方は、頭部の周りに常に見られる知性のオーラから来る。それは黄色がアストラル体の色彩のうちでも一番目立つものであるし、霊眼の開けかかった人が一番容易に気づくものだからである。時には知性が異常に活動するために黄色が物質の中にさえ見られ、普通の肉眼でも分かるほどになる場合もある。

 激情時のアストラル体の相

 すでに見てきた通り、アストラル体は普段はある正常な仕組みになっているが、その中でいろいろな部分が固まり合う傾向がある。ところが、何かの事情で突然激情を発したり感情を爆発させたりすると、アストラル体の質料全体あるいはそのほとんど全部が一時的にある振動率で振動し、全く際だった結果を生ずる。アストラル体の全質料がまるで烈しい暴風雨【ハリケーン】にでもあったように掻き廻され、しばらくの間は各色彩がはなはだしく混じり合ってしまう。この現象の図例が以下の『目に見える人間と見えない人間』に掲げられている。

第十一図 愛情の突然のほとばしり

第十二図 献身の突然のほとばしり

第十三図 烈しい怒り

第十四図 恐怖のショック

 たとえば、母親が自分の赤児【あかご】を急に抱きあげてところかまわずキスの雨を降らせる時のような、純粋な愛が突然大波のように押し寄せた場合などには、アストラル体全体が一瞬激動の中に投げ込まれ、元の色(複数)はしばらくは分かりにくくなってしまう。 

 この現象を分析した結果次の四つのことが分かった。

 ・あるコイル状または渦巻状の、生き生きとした色が、強い光を伴って内部から輝いているのが見える。それは輪郭がはっきりしていて、固体のように見え、内部からの強い光で輝いている。そのひとつが実はアストラル体内で発生した強烈な愛の想念形態〔本書第七章参照〕であって、まさに感情の対象に向かって発射されようとしているのである。この旋回している生きた光の雲(複数)の美しさは筆舌の尽くすところではない。

 ・アストラル体全体を、深紅色の光が、幾つもの脈動する水平の筋となって横に走っている。その動きはきわめて早く、それだけにその描写はさらに困難となる

 ・薔薇色の一種の膜がアストラル体全体を蔽【おお】っているため、ちょうど薄染【ステインド】のグラス越しのように、中味全部が見える。

 ・一種の深紅色の急流がアストラル体全体を満たし、ある程度外の色までそれで染め、そこかしこで固まって、なかばできかけた雲のような、不定形の小さな束となって浮かんでいる。

 この状態はまずほんの数秒間だけしか続かない。やがて各濃度の質料がそれぞれの独特の重力によって自分で自分を篩【ふる】い分けるようにして本来の場所に納まり、アストラル体は急速に正常の状態に戻る。しかし、このように愛情が急激にほとばしるたびに卵形オーラの高い部分の深紅色が少しずつ増え、次に愛情の波がやって来ると、アストラル体は一層それに反応し易くなる。

 同様にして、高度な献身の情にたびたび駆られる人のアストラル体には、間もなく青色の部分が大きくなる。このような衝動の結果は累積していき、そのうえ、愛と歓びの生き生きとした波動が放射されて他の人々によい影響を産み出す。深紅色のかわりに青色で置きかえてみると、たとえば深い瞑想に入っている尼僧に大濤【なみ】のように突然やって来る献身の発作もほぼこれと同様の効果をもたらす。

 烈しい怒りの場合は、強い憎悪を現わす毒々しい光によって点火された雷鳴でも起こったかのような、重い、煤【すす】のように真っ黒い、コイル状や渦巻状の塊によって、通常のアストラル体の背景がおおい隠されてしまう。同様な黒雲の幾つもの小さな束のためにアストラル体全体が汚れているのが見える。その一方、押えのきかなくなった怒りの幾つもの火の矢がその中を稲妻のように走る。これらの恐ろしい閃光は刃【やいば】のように他の人々のアストラル体を貫き、他の人々を傷つけることにもなるのである。こういう場合、他の場合と同様に、怒りが爆発するごとにアストラル全体の質料は、この望ましからざる波動に前よりも少しずつ感応し易くなる傾向を帯びるようになる。

 突然恐怖に駆られるとたちまち全身に奇妙な鉛色の霧が満ち、その一方、同じ色の幾つもの横筋が現われる。この筋達は烈しく振動しているため別々のものとはほとんど思えないほどである。その結果ひどく青ざめ、しばらくは身体から全く光が消え、灰色となった塊全体がクラゲのように絶望的に震える。

 洪水【おおみず】のように感情が激したからといって精神【メンタル】体が大きな影響を受けるわけではない。ただ一時的に精神【メンタル】体の動きが肉体の頭脳に伝わるのが不可能になることはある。それは精神【メンタル】体と頭脳との懸橋【かけはし】の役割を果たすアストラル体がただ一つ(この場合は激情)の震動率だけで波動するために、それとは波長の合わない他の波動を頭脳に伝えることができなくなるからである。

 以上は突然の、しかし一時的な、感情の爆発がおよぼす結果の実例であるが、他にも、ある種の性向やある型の性格が引き起こすもっと永続性のある、若干似たような、効果もある。たとえば、普通の人が恋に陥ると、そのアストラル体は完全に変貌してしまい、同じ人のものとはほとんど思えぬほどになる。利己主義、狡猾、貪欲が消え、卵形のオーラの一番下の部分は大きく発達した動物的欲望で満たされ、融通性を現わす緑色が嫉妬特有の褐色にとってかわり、この感情が極端に働くとオーラ全体に怒りが満ち、それが緋色の眼を射る閃光となって現われる。しかしまたこれらの望ましからざる変化もオーラの大部分を満たす深紅の美麗な帯によって復元し、しばらくはそれが支配的な特徴となり、アストラル体全体がその光で輝く。その影響によって普通のアストラル体の全般的な濁りが消え、色彩は、善かれ悪かれ、すべて明るく鮮やかとなる。それはいろいろな方向において生命が強化した徴【しるし】である。献身を現わす青色も明らかによくなり、オーラ体の天辺には一刷毛【ひとはけ】の薄い菫色さえも現われ、真実の、高い、かつ非利己的理念に感応する能力を示している。しかし、知性を現わす黄色は今のところ全く消える−”恋は思案の外”というのはこの辺の事実を指すのであろう!

 激しやすい人のアストラル体はその著しい特徴として、緋色の幅の広い帯状を現わす。そのうえ、全体が、ちょうど英文の疑問符(?)にいくらか似た緋色の、フワフワと浮かんでいる幾つもの斑点でおおわれている。

 吝嗇家【けちんぼ】の場合、貪欲や利己主義、狡猾や適応性が当然強くなるが色欲は減ずる。ところが一番著しい変化は卵形のアストラル体を奇妙な、幾つもの平行している水平線が横切っていることで、そのために籠【かご】のような印象を与える。この横線は焦茶色を呈している。貪欲という悪徳はしばらくは魂の発達をほとんど止めてしまうもので、いったんとり憑かれるとそれを振り離すことはなかなかに困難である。

 ひどく意気消沈すると、吝嗇家【りんしょくか】のように褐色ではないが、その代わり灰色になってしまう。その結果は見るからに何とも言えない陰気で、憂鬱な感じである。いろいろな感情の中でも、憂鬱感ほど伝染するものは他にはない。

 知的ではないが明らかに宗教的である人の場合、そのアストラル体は特徴のある様相を呈する。一刷毛【ひとはけ】の紫色は高邁な理想に感応する可能性を暗示しているし、献身を表わす青色が異常によく発達しているが、知性を表わす黄色は僅かである。愛情と融通性とはかなり釣り合いがとれているが、色欲は平均以上にあり、狡猾と利己主義も目立つ。色の拡がり方も不規則で、お互いに融け込んでおり、輪郭はおぼろで、本人の献身的ではあるが物の考え方の曖昧さを示している。極端な色欲と献身的な気質とがいっしょに見える場合もしばしばあるが、それは、恐らくこういうタイプの人は主として感情の中で生活を送っていて、感情を理性でコントロールしようとはせず、逆に感情によって支配されているからであろう。

 しかし科学的な型の人になると、これとは別の大きな対称をなす。献身は全く欠け、色欲は平均を大きく下回っているが、知性は異常なまでに発達している。愛情と融通性とは量的に少なく、質的にも劣る。利己主義と貪欲とは相当に存在し、嫉妬もいくらかある。黄金色のまん中の明るい橙色の巨大な円錐状のものは、これまで獲得してきた知識にからむ驕慢【きょうまん】と野心とを示す。心が科学的に、秩序立てて物を考える習慣になると、色も規則正しい帯状に配置されるようになり、その境界線(複数)もきわめて明確となる。

 アストラル体の色彩を詳しく学びたい向きには、巻末に示した、偉れた、しかも類稀なる霊眼を持ったC・W・リードビーター司教の著書の研究を切に勧めたい。

 われわれはこれまでアストラル体の色彩を扱ってきたが、事の序手【ついで】に、人間のアストラル体と密接に繋がっているエレメンタル(訳註5)との意思疎通の手段は音と色であることを述べておいてもよいであろう。そう申せば、学習者は、色彩言語という意味不明の言葉を時々耳にしたことや、古代エジプトにおいては聖なる稿本は色彩で書かれたものであり、それを筆写する場合、間違いでも犯せば死刑に処せられたという事実、を思い起こすであろう。

〔訳注〕

(1)具体的な嗜好をする時の媒体。下位精神体ともいう(第三巻に詳説)。

(2)抽象的思考をする時に働く媒体を上位精神体ともいう(第三巻に詳説)。

(3)魂(高我)の容器。生まれ変わりの原因【コーズ】となるので、直訳してコーザル体(因体)とする。ちなみに、魂はメンタル界層の上より三番目に位置し、識心(マナス)は魂より高位にある。

(4)自由カトリック教の大司教で、大師の特別の訓練によって、人類史上稀有の霊的能力を開発された。神智学に関する多数の著書を残している。竜王文庫より邦訳が刊行されている『見えざる助け手』『アストラル界』などは好個の入門書である。

(5)詳しくは本書第七、八、十七章、二十章参照

 
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