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精神世界専門誌・季刊

『とんぱ』4号

 
アグニ・ヨガの教え

 今、救世主がこの世に現れたとしたら、彼または彼女は一体どのような方なのだろうか? その方は「マイトレーヤ」か「ミロク」であろうと、「キリスト」であろうと、または他の名前であろうと、ブッダやイエスのように大衆に教えを授ける聖者なのだろうか? それとも、地球を一つの国に統一させる将軍や政治家だろうか? 環境問題などの解決を見いだすすばらしい科学者、あるいは、音と色で人間の心を高める魔術師のような芸術家として生まれ変わる可能性もあるのだろうか?

 そして、救世主は私達に何を教えてくださるだろうか? 倫理か哲学か? その教えは論理的に展開するものか、あるいは、象徴で表現されるものか? もしかすると、言葉を必要としない教えかもしれない。

 六世紀の終わり頃、大和の国が誕生した時に、人々は救世主の到来を感じていた。救世主の本質を美しく表現する京都の太秦広隆寺の弥勤像は、伝説によれば、聖徳太子ご自身が彫ったものである。それは半伽思惟像であり、左足を垂れ、右足を膝に乗せて腰かけ、右手を頬にあげ考えに耽る姿だが、片足を下ろすということは、部分的にこの世に現れているという意味である。このようにして、来たるべきマイトレーヤのしるしはすでに聖徳太子には見えていた。

 現代という緊張に満ちた時代には、救世主のさらに徹底した現れが可能となっている。二十世紀のチベット仏教の聖像には、たびたび両足が地面についている弥勤が描かれ、救世主の到来を宣言している。タンカという神聖なマンダラには、シャンバラの主リグデン・ジエポが、無敵(アジタ)といわれるマイトレーヤの戦士達を率いて、悪の軍との最後の戦いに赴いている姿が描かれている。

 「嵐と稲妻の中から新時代はやって来る」。人類は新しい時代に入りつつある。古い暗黒時代(カリ・ユガ)と明るい黄金時代(サティヤ・ユガ)が重なり合い、それぞれの味方が戦っている。この大戦闘ハルマゲドンに全地球が巻き込まれている。破壊的な勢力ははびこっているが、未来の子供達のために戦い、すばらしい新時代を築こうとしている「新しい者達」は世界中で活動している。アグニ・ヨガの教えは、これらの「建設者と戦士」が勝利を収めるように授けられた生活の導きである。

二十一世紀の教ぇ

現在「アグ二・ヨガの教え」とよばれている十九冊からなる叢書は、一九二〇〜一九四〇年にモリヤ大師と聖白岡胞団の他の方々が白系ロシア人の画家ニコライ.レーリヒと妻エレナに伝えた導きの言葉である。従って、それはパタンジャリ著『ヨーガ・スートラ』のようにヨガの道を系統的に説明するのではなく、M大師に師事したレーリヒ夫妻の状況に応じて授けられた「人生の教え」である。レーリヒ夫人は透聴力によって大師の声を聴き取り、大師と対話しながらその言葉をノートに記録し、後にそれを本でまとめたのだが、夫人はきわめて謙虚な方で、自分の個人的なことについて触れている箇所をほとんど削除してしまった。だから、アグ二・ヨガの教え(以下「み教え」という)の本を読んですそに、誰が著者なのか、誰が誰に、どんな状況の下で伝えたものなのかがわからない。また、読者は、み教えが「直知識」とよぶ能力、つまり行間を読み重要点をつかむ直観力を発達させるまで、全体的な意味を把握するのが難しい。

 従って、この論文でみ教えがこの世に伝えられた事情に触れ、その要点をある程度まとめてみるつもりだが、その前に、アグ二・ヨガを再読するたびに感じることをひとつ述べておきたいと思う。

 百五十年前から、「神聖な教え」と考えられているものがいろいろ現れてきたが、中にはもう古くなってしまったものもあれば、ラーマクリシュナの教えのように伝えられた時と同じ新鮮なパワーを保つものもある。しかし、アグ二・ヨガの教えの場合、まさに現在のために伝えられた教えであるということを年毎にさらに深く感じる。まず、普通の生活から離れずに霊的な成就にチャレンジするというみ教えの基本的な姿勢は、現代の探究者が直面するすべての悩みに応じるものである。それは、瞑想に向いている人達や、静かで豊かな環境に恵まれている人達だけのために伝えられた教えではなく、「み教えは全世界のため、万物のためのものである」からである。

 だから、み教えは心の奥底に鳴り響く「永遠の真理」を伝えると同時に、具体的な問題として人体に対する建材の影響、化学製品による公害、砂漠化などの環境問題や、国家負債や過剰生産のような政治経済問題までも扱っている。最近出てきたGM(遺伝子組換え)農作物に当てはまる箇所さえもある。七十年前に、アロマセラピーやオーラの撮影について指摘されたことが、この二十年間、ようやく実現し始めたのである。レーリヒ夫妻の預言能力は当時もかなり有名であったが、その師匠の先見の明はさらにすばらしいものであったに違いない。孔子、釈尊、イエスと同じように、M大師も自分の弟子への指示という形で、神聖な教えを後世に残して下さったのだ。

 近代日本のすばらしい賢者であった三浦関造先生が指摘したとおり、アグニ・ヨガこそ二十一世紀の教えである。

 
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