会社概要問い合わせ特定商取引法上の表記個人情報の取り扱いについて  

 

精神世界専門誌・季刊

『とんぱ』5号

 
● 最期のインタビュー/神智学の現代的意義

【進化は宇宙の根本原理】

編集部●まず最初に輪廻転生、カルマ、進化これらは大きな主題ですから、この辺からうかがっていきたいと思います。
仲里■つまり、大きく言えば、神智学の現代的意義という風な捉え方ができるのですが、それは結局は、人間とは何か、人間はなんのために、どこから来てどこへ行くのか、いかに生きるべきであるかといった風に集約できると思うんです。それで、一番基本となる点は進化だと思いますね。
  というのは、わたしたち個人個人の一生を考えてみても、オギャーと生まれたときは、西も東ももちろん全く知らない。ところが、それがだんだん、まあ、地に足がつき、身体が大きくなり、いろんな面で適性が進化してくるわけですね。
  身体と、常識的な意味での知識は進化していきます。年がいくにつれて、いろんな体験を積み、さらに知識が磨かれ、あるいは特性が発揮され、要するに進化してゆくわけですよね。
  ダーウインのいう進化論でもそれは動物と鉱物についてもいえるわけです。進化は宇宙の中心となる大きな課題だと思いますが、進化は、家庭での躾、学校での教育、社会に出てからのいろんな影響、その他いろいろありますが、それらによって条件づけられているわけです。そうしますと、どこまで進化しうるのか、現代の人間の状態からいってどこまで進化するかと言えば、実は結論から先にいえば神からい出て神に還るのが進化なのですが、その基本原理が、生まれ変わりとカルマの法則なんです。
  わたしどもが例えば八十歳の生涯を生きて今まさに、臨終の瀬戸際にあるとしたら、さっき言いましたように、肉体から今度はエーテル体、アストラル体、メンタル体に戻ってまた生まれ変わるわけですが、なぜ生まれ変わるかといいますと、まだまだ進化すべきものが無限にあるから、つまり、神としての実相をまだ出し切っていませんから、それまでは何千回、何十万回も生まれ変わりを続けます。どのようにして生まれ変わるかはカルマの法則によって決められるわけです。生前どれだけのいいことをしたか、どれだけのマイナスのことをしたか、そのことによってカルマが決まるわけです。そして、その、何千回、何十万回生まれ変わり進化してきますから、カルマの務めをすべて果たし終わったときに、その人は人間としての生涯を終えて、イニシエイションの過程を通って、いわゆる大師になっていくわけです。
  大師方には七つの進化の道がありますが、その一つはプレアーデスへの道がありますが、それは今は取り上げません。
  今、イニシエイションの話をしましたよね。思い出し思い出し、話はあっち飛び、こっち飛びしますが、このカルマで終了する人間の数はいったいどうやって分かるか、もちろん神は無限の智慧で分かるんだけれど、一方、この宇宙にはね、いろいろの役割をする段階の方々、まあ、われわれからいえば神ですけど、カルマを司る方々をリピカといいます。サンスクリット語で、カルマの主ともいいます。そういった方々がね、人間を、動物も含めてですが、特に人間のあらゆる活動を全部記録する。これによって次のカルマの道はこれだと決められるらしいんですよ。
  話は少し変わりますが、万物は神によって創造されていますから、創造されているとは神の表現なのですよね。ですから人間の本性は神である、神であるということをですね。ほんとうはお医者さんたちが一番よく分かると思うんだけれど、残念なことにはお医者さんたちはほとんど無神論者ですよ、大部分が。
  実際に肉体のどんな部分をとっても神秘でないものは一カ所もない。誰がこのような神秘な肉体をつくったか。それから次にエーテル体がありますが、肉眼では見えないため、現代科学ではもちろんまだ分かっておりません。お灸でいう経絡はこれと密接な繋がりがあるし、ハタ・ヨガではエーテル体を通じチャクラを通してプラーナが吸収されて肉体の各部分へ配分されるといっています。
それからわれわれが学んできたところによると、エーテル体の次がアストラル体、メンタル体があるし、コーザル体と次々とより高次元の体があるわけです。
  さて、話を元に戻しましてね、
  今、わたしが言ったことから学び取っていただきたいことは、神は全知全能であっても、神ひとりがやるのではなくて、何から何まで神がやるのではなくて、いろいろな段階の神々がおります。ロゴスとかほかにいろんな言い方がありますけど。
  そして進化、生きているものだけでなくして、鉱物も進化してゆくし、植物も進化するし、動物も進化してゆく。
  人間は一人ひとり全部魂あるいは霊がありますけどね、鉱物とか植物とか動物とかにはそういうことは全然ない。分類学上で種とか属とか類とかいいますけどね、その種あるいは属、例えば猫なら猫でもいろんな種類がありますよね。その一匹一匹に魂があるんじゃなくて、猫属全体に魂がある、霊がある。で、その猫なら猫が死ぬと、その猫が生きている間に体験したことは、その猫属の魂に還元され、他の猫たちにも全部分配されるという風な仕組みになっているわけです。ですから、動物から人間に進化する場合は、個霊化といってはじめて魂がいわば天界から肉体に降りてきて、そこではじめて完成した人間になるんです。

【進化は宇宙の根本原理】

編集部●たとえば動物が人間に進化する場合はどういうときでしようか。
仲里■これはねえ、今は進化しません。止められているそうです。過去ではあったのですがね。
  何百万年前かもしれませんが、あの正確な数字は覚えておりません。ただし、マイトレーヤの再臨されたある段階でそれが再びはじまると、おっしゃっております。
  もう少し付け加えますとね、毎回申し上げていますように、人間の発達は智慧からはじまって愛、意志という段階に達すると教えられています。それでね、ペットが人間になる場合、たとえば飼い主がね、智慧が発達している人でいろいろな芸を教えこむでしょう。そういった飼い主の影響でね、影響を受けたペットは比較的知性が発達するタイプの人間になる。それから非常に愛情が細やかでね、いつも可愛がられていたペットはね、愛の螺旋に沿って発達していくらしいんですよ。逆に今度は意志、ライオンの調教師かなんか、鞭でひっぱたきながらやるでしょ。それで意志が強くなる。意志が強いということはですね、善にも強いが、悪にも強いんですよ。

【奉仕は進化の原動力】

編集部●奉仕は進化とどのような関係があるのですか。
仲里■奉仕というのは一言でいえば、私利私欲を離れて人さまのために尽くすことです。奉仕の対象が大きければ大きいほど奉仕はより大きな価値を持ってきます。最後は人類に対する奉仕ということになります。
  人間の役割、これは、何回も申し上げましたとおり、人間は神の自己実現ですからね。肉体の構造、アストラル体の構造、メンタル体の構造、コーザル体の構造などを考えると、絶対これは人間が自分の力でつくった物ではないですから。誰がつくったのか。神がつくった。何のためにつくったか。神の御心を顕わす媒体としてつくった。それ以外にはありません。その、神の御心というのは根本的には神のご計画、聖なる計画、根本的にはですよ。それは『神智学大要』でかなり詳しく論じられていますよ。
仲里■次に愛と奉仕における人間の役割、マインドとハート、これはまとめてお話しします。
  原動力はまず第一に奉仕なんですね。もちろん私利私欲に基づかないところの純粋なる愛から出るもので、人間みな神の自己実現ですから、人類はすべていかなる種族であっても、いかなる未開の種族であってもね。未開だから放たらかされているのは、人間の社会制度、政治制度、経済制度のなせるわざであって、神自身には絶対責任はないのです。
  それで、純粋な奉仕をすることによって進化を遂げてゆく。それでね、その奉仕は今言いました人類同胞愛、これまた根拠は愛なんです。
  なぜ愛かというと、さっきわたしは地上、天上のすべては進化すると申しましたよね。進化するのは動物、人間だけじゃなくてあらゆる天体がすべて進化してゆく、例外なく。ですから今の太陽系もね、二代目の太陽系らしいです。初代の第一代の太陽系の太陽ロゴスはね、智慧の化身であった。だから第一代の太陽系の最高の道徳は智慧であった、ということです。 今の第二代目の太陽ロゴスは、愛です。愛のロゴスです。今の太陽系での最高の道徳は愛というわけです。
  第三代目、これは何億年後かは分かりませんが、そのときの太陽ロゴスは意志、霊的意志の化身だそうです。それで、人間はね、智慧、愛、意志の順で進化するらしいですね。
  愛に基づく純粋奉仕をしていると、不思議なことにはチャクラがですね、自動的に正しい順序で発達してゆく。ヨガの本なんか見ておりますとね、ヨガの一心集中のときにはチャクラの開発をめざすらしい。ところがね、チャクラはその人によって発達程度が違うんですよ。だから、愛の深い人はね、ハートチャクラ、本当は右だそうですけど、一般的には真ん中といわれております。そ それから、精力が強すぎる人は、下のチャクラが異常に発達しており、知能が非常に発達している人は、眉間のチャクラが他のチャクラより発達している。もっともこれは、非常に少ないですけどね。ところが、無私無欲の奉仕を続けておりますとね、チャクラが正しい順序で均等に発達してゆくんだそうです。
  われわれが進化してゆく場合の根本は、愛に基づく奉仕ですけど、同時に矢張り正しい瞑想、正しい学習が必要です。そのことは『至聖への道』の中にも書きましたが。

【七光線はすべてサブ光線】

編集部●第三期の太陽ロゴスの「意志」というのは、第一光線という風に理解していいのですか。仲里■光線論は神智学の次の段階に属しますので、ここで詳しく論談するのは差し控えます。いずれにしましても、大熊座の七光線のひとつひとつがまだサブ光線なのです。人間の構造、光線構造は、魂とメンタル体とアストラル体と肉体との四つに分かれるわけです。魂はね、私の場合は第二光線、それからパーソナリティというのはメンタル体、アストラル体ですね、このメンタル体はいくつだったかよく覚えておりませんですけど、メンタル体、アストラル体は四と二が主な光線、それから肉体も、後で調べれば分かりますけどね。
  余談ですけど、わたしの肉体の構造は矢張り弱いそうです。

【天体はすべて進化する】

編集部●宇宙は消滅と創造を繰り返しながら進化してゆくのですか。
仲里■そうです。八百万年前にすぐ人間が始まったんじゃなくて、少なくとも鉱物、植物、動物をへて人間になりますから、地球上に八百万年前に人間が現れたということはですね。過去においてね、各天体を通じて進化してきて、月時代にも進化が続き、月から地球にすべての生命が移動した時に月が死んでしまったんですよ。遙かなる未来において月はいずれ消滅するそうです。いずれは地球、すべての天体がそうです。
  天体はすべて進化するとさっき少し申し上げましたけどね。進化で思い出しましたけど、具体的にはこうなんです。宇宙の創造説には物理学ではいろいろいわれております。一番われわれの耳に新しいのがビッグバン、いっぺんに一秒の何万分か何十万分かで、ぱっと地球ができあがったという説ですね。
  銀河系宇宙は銀河神、太陽系は太陽神がつくるわけですからですね。
  下から見てこれは物質世界です。その次はアストラル世界、下位メンタル世界、上位メンタル世界、ブッティ世界になります。こうして天体はですね、アートマー天体、もちろん肉眼では見えませんよ。アートマーの世界、一段下がって高位メンタル界層に高位メンタル体の天体ができて、同心円形に一番最後には下位メンタル界層の天体になって、また元へ戻る。何回も繰り返すんです。繰り返しながら、発達してゆく、進化してゆく。一応消えます。消えたその質料はね、宇宙空間に元へ戻るんですね。宇宙空間からまた新しい、そして進化した質料でつくるわけです。こういう風に循環しながら、高位の天体から物質界の惑星になって、まただんだん高位に戻ってゆく。物質界の地球もそういう風にしながら、次第次第に発達してゆく。
  今の地球は環境汚染のため汚れきっております。そのためにも地球を救うためにもね、マイトレーヤは出現いたします。 あの天才といわれたイギリスの科学者ホーキング、彼も最初はね、直線説を唱えていたんですが、最近はそうではないですね。やはり、再創造といいますかね、消滅と創造とを繰り返しながら発展してゆくと説くようになったそうです。その説は奥なる知識から出てきたのか、上からインスピレーションによって出てきたか分かりませんけどね。奥なる知識といえばね、宇宙界層のメンタル界には地球上でつくられるあらゆるものの原型があるんです。それが次第次第に地球上に具体化してゆく。その過程はまだ勉強されていないから分かりませんけど、その宇宙メンタル界に達することができれば非常に高度の思想に触れることができるわけです。そこにね、深い瞑想の意義がありますね。

【進化は神からい出て、神に還る】

編集部●進化は神からい出て、神に還るというふうに原則として理解すればいいですね。
仲里■そうですね。それは鉱物も植物も動物もそうなんですね。鉱物以前はエレメンタル・エッセンスですね。エレメンタル・エッセンスがだんだん逆進化して鉱物になりますね。鉱物になったら、次に植物、動物そして人間。進化にはそういう意味では二種類あります。すべての存在は人間となるか、あるいは過去において人間であったか、いずれかなんですね。過去において人間であったということは、神といわれる方々でもね、かつては人間であったということです。人間でなくて突然神になったことはありえないらしいんですよ。創造神とか、そういった方々以外はね。その地球ロゴス、今のサナート・クマラは永遠の青春、十五、六歳の輝くばかりの美少年だそうですね。
                             略

【神智学の現代的意義】

編集部●ところで神智学の現代的意義とはどういうことでしょうか。
仲里■これは切り口はいくつでもあるわけですけどね。宇宙の、地球惑星を含めて、太陽系も含めてですね、宇宙の根本法則は進化の法則で、進化の法則と絡み合ってカルマの法則、それから、生まれ変わりの法則、この三つが根本的な大きな基礎といえますね。
  さらに副次的にいえば、いくつでもあります。これはいずれ文章にして出そうと思っていますけどね。七周期でしょう。それから七つの構造ですね。ハイラーキーの職階制度、いろいろあります。そういったものを勉強し続けて分かることは、要するに人間の過去、現在、未来を通してどうなるかという筋道がはっきり分かってくることですね。それらを探求しているうちに今まで人間の持っている知識、現代科学でさえ、あるいは物理学でさえ、天文学でさえ、分からないいろんな神秘が分かってくる。過去、現在、未来を通してすべて全部ビジョンとしてね。ビジョンというかわりに見通し、ファークティクテブといってもいいでしょう。ですから、神智学というのは、現代だけのためではなくして、人間が存在する限り永遠の学問なんです。ただし、これは第一関門でしてね。非常に膨大な複雑な体系ではありますが。というのはもっとさらに高度の体系があって、それがアリス・ベイリーブックスなんですよ。

【第三段階は転生したブラヴァツキー】

編集部●第一関門はブラヴァツキーで、第二関門はアリス・ベイリーですか。
仲里■ええ、そうです。ブラヴァツキーです。今のアリス・ベイリーのは、中間の段階といっておりますね。さらに第三段階があるんですよ。これはね、啓示的な教えといっておりますけどね、これはブラヴァツキーが生まれ変わってくるので、その時彼女を通して与えられるであろうと、ジュアルクール大師はおっしゃっております。
                           略

編集部●神智学との出会いはどういったきっかけですか。
仲里■はっきり覚えてないですね。多分、竜王会をはじめた三浦関造先生の紹介した本がいくつも出ているのでそれを読み始めたのがきっかけでした。その中に『幸福への招待』というのがあり、それがポール・グラントンの『秘められたインドの探求』の焼き直しでしたけど。私はいいなあと思って原書を取り寄せて読みましてね。三浦先生の本の中にすでにブラヴァツキーとかアリス・ベイリーの話もちょっと出ておりましたね。それで、関心を持ってすぐにブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』と『ヴェールを脱がされたイシス神』というこんな分厚いものですけど、初版本です。これを取り寄せて、それからアリス・ベイリーの原書も全部取り寄せ、それからポツリポツリ勉強し出したわけですね。
編集部●昭和何年頃ですか。
仲里■わたしが三十五歳ぐらいでしたから。逆算すれば五十年ほど前になりますか。今、八十六歳だから、半世紀か四十五年ぐらい前ですね。昭和三十年ぐらいですかね。
編集部●沖縄臨時政府の頃ですか。
仲里■そうですね。そのころ、うちの家内が話しておりましたように、両親が食堂をやっておりましてね、両親が年も六十歳を過ぎたものだから隠居してもらって後をわたしが継いだんですよ。沖縄そばといわゆる洋食弁当を商っていました。弁当は弁当でいろんなおかずがたくさんついてよく売れましたよ。当時は老舗として有名でした。 当時「万人屋」(店の名前)として知らない人はいなかったぐらいです。地方から出てくる人たちが、「万人屋」へ行ってそばを食べるのが楽しみだったそうですね。
                        略

【翻訳書の位置づけ】

編集部●いろいろ先生の翻訳書がありますが、それらの位置とかはいかがでしょうか。
仲里■これはね、翻訳計画の中の位置ということにしましょう。
  わたしがいろいろな原書を読み終えた段階でね、将来の翻訳計画を立てたんですよ。三期に分けました。 第一期は『ヒマラヤ聖者の生活探求』を読んでもお分かりの通りね、当時は日本が戦争で負けて精神的にまだ完全に立ち直っていなかった時代ですからね。まずね、日本民族にね、人間の本性が神性である、ということを知ってもらう。その系統のものが、『心身の神癒』、『解脱の真理』ですね。後で、出していただいた『キリストのヨーガ』も入ります。
  話の途中ですけどね、この『心身の神癒』はね、たくさんの人々が、読んで感動してくれましてね。あるわたしの知ってる人で今でも文通しておりますが、この人の一番目のお嬢さんが千葉敦子さん、ジャーナリストで有名でした。乳ガンでね、アメリカで亡くなったんですけど。その彼女のお母さんが読み出してね、とまらなくてね、気がついたときには翌日の朝になっていたとご本人からお知らせがありました。
  印象に残っているのが新宿の中村屋の初代の奥さん、相馬なんとかいいます。明治中期の新進女性なんですね。この人の手に渡ったらしい。そしたらその方からね、ある方を通じてわたしに電話があったんですよ。「仲里さんが上京するときにね、相馬さんが是非会いたいと言っております」と。しかし、わたしは行かなかったんです。というのはね、その頃はまだ自分に自信がなかったのです。向こうは大変期待を寄せていますからね。実際にわたしに会ってみて、なんだこれっぽちの人間だったかと言われたくないから。でも、あとで随分後悔しましたね。
  第二期は神智学です。『神智学大要』です。
編集部●第三期は『イニシエイシヨン』ですね。
仲里■これはね、『イニシエイシヨン』の後たくさんあります。アリス・ベイリーブックスは。わたしはそこまで手がける時間はありません。
                     略

◆追悼文◆

  ○「人間の可能性と真実を教えてくれた師」
       二〇〇二年九月二十九日 船井幸雄

  仲里先生が入院されていると聞き、九月一日に入院先の泉崎病院へハガキを差しあげました。それへの礼状が九月十三日に届いたのです。それは九月八日に、お嬢さんが代筆されたもので、次のようなものでした。

  寸啓
(指が震えて字が大きく乱れますので娘に代筆させました。)
  入院お見舞いの御葉書戴きありがとうございました。御文章の中にある貴先生の生きざまは{宗教風に云い換えれば『任運無作・法爾自然』となりましょうか}高い悟境に達した事に脱帽致します。
  折りよく発刊された『神智大要』メンタル体を同封して謹呈致します。お暇の折にでもご一読戴ければ幸いです。
      四年九月八日、
        船井幸雄先生侍文

  何か気になり、翌九月十四日に「元気になり、これからも御活躍ください」というハガキを差しあげたのですが、生前にお読みいただけたかは分かりません。九月二〇日にお亡くなりになったことを、九月二十四日に出帆新社さんからのご連絡で知りました。
  私が仲里誠桔先生のことを知ったのは、三〇年ほど前になります。『ヒマラヤ聖者の生活探究』を読み、「すばらしい翻訳家がいらっしゃるな」と思ったのが、昭和五〇年ころのことです。この本は同じ本を二度以上読むことのほとんどない私が、一〇回以上も読み返した珍しい本です。それくらい惹きつけられました。
  私の数多くの著書(いまのところ、一人で書いた著書が一八〇冊くらい、共著などを含みますと二百数十冊あります)に、十数年前から同書のことや仲里先生のことを引用し、紹介をしました。ただ本格的に仲里先生のことや『ヒマラヤ聖者の生活探究』を取りあげたのは、九八年三月にPHP研究所から発刊された『人間のあり方』でです。同書、第三章の[五]の中で、「人間には無限の能力がある」として、次のように記しました。
  『ヒマラヤ聖者の生活探究』(一九六九年九月、霞ヶ関書房刊)は翻訳書で、原書は一九三七年に「Devorssco.」から発刊されており、著者は、BAIRD・T・SP1ALDINGです。そして、原書の題名は、『THE LIFE AND TEACHING OF MASTERS IN FAR EAST』です。日本語に直訳しますと『極東における聖者たちの生き方と教え』となります。訳した人は仲里誠桔さんで第一巻から第五巻まであります。第一巻の副題は、「人間本来無限力」第二巻は、「神性開顕」第三巻は、「因果の超克」第四巻は、「奇跡の原理」第五巻は、「久遠の生命」という副題がついていますが、第一と第二巻は、特に参考になりました。
  同書第一巻の冒頭に、「著者はしがき」としてベアード・T・スポールディングが、同書を世に出すことになった由来を書いています。それによりますと、スポールディングは一八九四年から極東の地質などを調べた十一人のアメリカの地質調査団の一員であり、調査中、何人かの聖者たちに援助を受け貢献を受けたことが明記されています。その時に彼らが体験し、見、聖者たちに教えられたことを書いたのが、この五巻の本なのです。特に第一巻と第二巻は、事実そのものを、彼が見、体験し、感じたそのままに書かれたと判断できますので、私にとって非常に参考になったのです。

  仲里先生とは、たびたび電話で話したり、お手紙などをちょうだいしていましたが、お会いしたのはまだ数年前です。思っていたとおりの方でした。ともかく仲里先生には、そのお人がらに深くうたれました。御夫妻の仲のよさにも教えられました。なによりも、人間の真実の姿、あり方、そして可能性を知らされ、特に最近の一〇年くらいは、私も日々、希望をもって前向きに生きることができるようになりました。うれしいことです。
  仲里誠桔先生は八十七歳で地上生活に別離を告げられたわけですが、できれば後一〇年くらいは直接に電話ででも、いろいろのことを教えてほしかった・・・・と少し残念です。
  とはいえ、私はいま「あるがまま成るがまま、すべてを肯定し、好きなことをして楽しく生きています」が、これは仲里先生のおかげです。ありがたいことだと思っています。また、これからは常に「明るく愉しくニコニコ」と生きようと思っていますし、「できるだけこだわらず、すべてを好きになり、どんなことにもありがとう」と思って生きたいとも考えてますし、このような生き方を、人さまにも奨めようとしていますが、これらも仲里先生のお教えのおかげです。
  この辺で、仲里先生に「いろいろありがとうございました」とお礼を言い「これからもよろしく」とお願いし、私の追悼の文のペンをおきたいと思います。
  仲里誠桔先生、本当にありがとうございました。

○「仲里先生のこと 」
             宮里 真智子

  大きないのちの展開が沖縄の空に起きた。仲里誠桔先生の魂が時間の向こう側へ旅立たれたのだ。
  永遠の真理の探究者でおられた先生を偲ぶには、あまりにも稚く小さい私ではあるが、どうしてもお別れの気持ちを表さずには心の波が静まらないのである。
  先生とは、某出版社の社長さんにご紹介いただいて以来、お親しくさせていただき二十年近い年月を数える。
  宇宙と人間との間にある不思議なからくりを、いつも誠実に教えていただいた。青春期に、魂の永遠の救済を求めて、キリスト教の門を叩かれたことをうかがってますます敬愛申し上げた。 深遠にして且つ高尚な学問の紹介者としての先生の存在は、魂の問題で頭が混迷するときに救いであった。稚拙な日常の問題にも正式にアドバイスを下さり、とるに足らない愚問を持ち込んだ無節操さを恥じたときもあった。
  先生の、聡明で明晰な頭脳は絶えず真理に向かっておられた。先生の視線はいつも揺るぎのないものを見つめておられた。澄んだ眼差しは清潔な魂の清らかさが直に伝わってくるようだった。それにもかかわらず、先生はいつでも頭を低く謙虚でおられた。
  ご自身のことを「いと小さき者」と呼称され、真理と救いにつながる話題には、たとえ相手が教えを乞う側の者であっても、熱心に耳を傾けられた。
  偉大な伝達者はまた謙虚な探求者でもある」ことを、生きて示された。
  仲里先生にうかがう最近のテーマは、「神智学」を、教養の高い学徒だけの学問として価値をおくことなく、日常の営みの中で生活化することが二十一世紀の良識になることで、天と地がつながり、その間にある人の魂が永遠のやすらぎの呼吸に与れるようになるのではないだろうか、ということ。この地球上でいちばん価値のある「愛」は、いつ地上に下りてきたのだろうか、ということ。真理という偉大にして且つ高尚な宇宙のからくりが「愛」という関所を通って人に下りてくることが受肉である、ということ。そして、救いはどこからやってくるのだろうか、というテーマなどであった。
  仲里先生の永遠の旅立ちに際して、やはり胸塞がるのは夫人のことである。先生への惜別の思いと共に気遣われる夫人の「喪の作用」に、神様の大きな慰めがありますようにと祈るばかりである。
  いつだったか、デパートでお見かけしたご夫妻の瑞々しいお姿が目の奥に焼き付いて、ときどき私の脳裏をかすめる。幸せを伴って甦ってくる光景を、私はひそかに心のアルバムにしまってある。あのときの夫人のお召し物は遠目にも上質の大島紬であった。「家内は和服がよく似合う」と、ご自慢通りの上品な和服姿でいらっしゃった。けっして、ご自身を高きに上げない先生でしたが、夫人に関しては遠慮会釈なく満面の笑みをもって讃えられた。ご自慢の奥様という並みの世辞ではない。深い信頼と尊敬に満ちた絆が感じられ夫婦の質の高さが伝わってきた。以来、先生に提示していただいた夫婦の原型は、仕事の場面で、夫婦関係の難題を持ち込まれたときなどに大きな助けと励みになっている。
  いつも謙虚で品のよい夫人は、聖書に出てくる「すぐれた婦人」をそのまま生きていらっしゃる方である。時間と共に心が癒され恵みに満たされていかれますように。
  仲里誠桔先生の魂は、いまごろ、永遠のいのちの転回の中で、慈愛の風を私たちの頭上に送っているに違いない。
  沖縄の空は、この頃、よく風が回っていく。「揺るぎないものから目を逸らすな!」
  季節が移り変わっていく風の中でそんな声が聞こえてくるような気がする。
   誉れなるかな永遠のいのち!
              合掌

○「一学徒の思い出 」
         仲里誠毅
  神智学学徒・仲里誠桔、二〇〇二年九月二〇日逝去。
                    享年八十七才。

  かつて琉球国と呼ばれ南海の勝地に生を享け、波乱多き青壮年時代を経、ついに天命を得て「神の智慧」・神智学を広めるために残りの全生涯をかけた一学徒─あえて簡潔に述べればそれが亡き父の印象です。
  青年時代、郷里沖縄の貧しい両親からの仕送りで和歌山高商(現和歌山大学経済学部)を卒業、帰郷し、教員として奉職するのですが、間もなく沖縄は太平洋戦争に巻き込まれ敗戦を迎えます。地上戦で敵味方あわせて二十四万余の屍を吸って焦土と化した沖縄を復興すべく、かつての恩師で初代沖縄群島臨時政府の主席、比嘉秀平氏に招聘された誠桔は、臨時政府の貿易課長、翻訳課長を歴任するのですが、司法・立法・行政の三権を強制的に奪い取り、沖縄島民(当時は沖縄はまだ本土復帰していない)の自治権をまったく認めない米軍の圧制に強い義憤をおぼえ、反米軍の政治活動に積極的に身を投じていくことになります。
  私が小学生の頃だったと思いますが、当時、反米軍の政治結社の機関紙編集長をしていた父が、ある日突然米軍のMP(軍警察)に自宅に踏み込まれ、強制連行されていったこと、反米軍活動をしていた先島(宮古、八重山)の青年たちを自宅にかくまったり、当局の追跡から逃れる手助けをしていた事などが感慨深く思い起こされます。
  しかし父は、性向が本質的に政治向きではなかったのでしょう。十年前後のドロドロとした悪戦苦闘から徐々に身を引いていき、ついに政治の世界と完全に決別することになります。もっとも父は、学生時代すでにクリスチャンとしての洗礼を受けていたと聞いていますから、青年時代から宗教的情操が人一倍強かったのかもしれません。
  人には、生物学的遺伝子に支配される血統というものが厳然として存在し、皮膚の色や背丈、毛髪の性質などが必然的に選択されるわけですが、その遺伝子支配とは異なる因果律─私の妄想に過ぎないかもしれませんが─で霊統というものがあるのではないかと思わされることがときどきあります。わが仲里家の系統でも、祖父母ともに信仰篤く─といっても素朴な祖先崇拝のレベルですが─祖母の姉に至っては「ユタ(霊界と交信のできる一種の霊媒)」で、比較的長寿でしたが、死の前日に自分の家の周りを掃き清めみずから顔に白い布を被せて逝ったような人でした。また私の母方の祖母も霊能のある人でやはり「ユタ」でしたし、母の弟は青年時代実業家として成功の途上にあったにも関わらず、一種の啓示とも受けとめられる体験によって事業を捨ててプロ宗教家としての道を選択しています。
  さて父誠桔は政治をすっぱり捨てて、一天命を得たかのように宗教家(宗教研究家といった方がいいかも知れませんが)としての道を歩むことになるのですが、そこでもやはり紆余曲折がありました。青年時代は和歌山でクリスチャンとしての洗礼を受けた由ですが、郷里沖縄では米軍支配の圧政というしがらみがあって、その方面の道を選べなかったかも知れません。そしてその理由はよく分かりませんが、父は神道系の宗教団体に所属することになり、盛んに布教や教育、講演活動を展開していきます。
  しかしその宗教の教義の中心には、当然ながら天皇崇拝があり、日本文化の精神的支柱は神武以来万世一系の「すめらみこと」にあるとされます。森羅万象ことごとくに「神」が宿るとする純粋に宗教的な側面と、現人神「天皇」を据えて現実の日本文化の精神的より処とするという二面性の矛盾の克服に、父誠桔は苦悩していたのかも知れません。もともと勉強家である父は知的研鑽を怠らない人でしたが─それが長所でもありまた短所でもあった─これまた出会いとでもいうのでしょうか、米軍人・軍属相手の洋書専門の書店で「神智学」の書を手にすることになります。おそらくその時点では、そのタイトルに惹かれたのでしょう。Theo(神)についてのSophy(知識体系)ですから、知的探求心の人一倍強い誠桔にとっては垂涎ものだったに違いありません。その書を手にしてからというもの熱心に読み耽けるのですが、これ迄遭遇したことにない「神についての知識体系」に感動し、翻訳して世に出すことを決心することになります。

  生来どちらかというと虚弱体質の誠桔は、いつも何かの身体症状を抱えながら人生を送っていたような印象があります。しかしこの「神智学」との出会いによって、身体的なハンディキャップを打ち忘れたかのごとく、翻訳に専念していきます。私自身、学生時代、病気で横臥していた父の命で、神智学の訳文を口述筆記させられたことを感慨深く思い起こします。ちなみに父は、私の結婚式、披露宴いずれの時も病で臥せていて出席することはできませんでした。
  生前父は、自分ことを「石部金吉」と自称し、自嘲とも自戒ともつかぬことをよく口にして笑っていました。また私たち兄弟を前にして、「君たちが羨ましい、健康が何よりだ」というような意味のことをしみじみと語ったこともありました。青壮年時代、頑強とはいわないまでも、正義感に溢れ、探究心に満ち、宗教的社会活動を盛んに展開していた頃を懐かしみ、病弱で散歩さえもままならぬ今の自分を口惜しんで吐露したのでしょう。
  若くして片一方の眼を失明し、結核で片方の肺を潰し、その後も、肝炎で長期間患ったり晩年には前立腺の手術を二度受けていますが、文字通りメ満身創痍ヤの人生といっていいでしょう。死の数ヶ月前の体重が二十九キロといいますから、自分自身でメ骨皮筋衛門?と自嘲するまでもなく、生体の維持として生理学的にほとんど限界だったと思います。おそらく父誠桔をここまで支えたのは、神智学徒としての、また日本への翻訳紹介者としての使命感ではなかったでしょうか。
  最後に紙幅をお借りして亡き父に、次の道歌を捧げたいと思います。
佛とは
障子の引き手 峰の松
火打ち袋に 鶯の声
合掌

 

 
ページtopへ
 

copyright 2007 shuppannshinsya all right reserved